細野正文(タイタニック乗船)批判の真相は?手記や新聞記事と海外の反応を調査!

テレビ番組

2月3日に放送される『ワールド極限ミステリー』でタイタニック号が取り上げられます!

そのタイタニック号に乗船していた日本人が細野正文さんです。

『ワールド極限ミステリー』では細野正文さんが特集されます!

今回は細野正文さんのタイタニック号での批判の真相や手記、当時の新聞記事、海外の反応をまとめていきたいと思います!


細野正文(タイタニック乗船)の批判の真相を調査!

それでは細野正文さんの批判の真相を調査していきたいと思います!

細野正文さんはたった1人の日本人乗客としてタイタニック号に乗船していました。

細野正文さんが乗船していたのはタイタニック号のなかでも最も亡くなった方が多かった2等客室でした。

事故後に細野正文さんは10号ボートに乗って無事にタイタニック号から生還することができました。

しかし当時の細野正文さんには批判があったのが事実です。

 

その内容というのが女性や子供を押しのけて強引に救命ボートに乗った日本人がいたということがイギリス人のローレンス・ビーズリーが著書の中で書いていました。

ローレンスが書いた文書は

他人を押しのけて救命ボート(13号ボート)に乗った日本人がいた

これが日本国内で広まってしまい新聞や道徳の教科書でも批判されてしまいます。

しかし真相は全く違うものでした。

実際に13号ボートに乗船していたのは中国人であったと1997年に調査の結果明らかになっています。

当時の記録では細野正文さんが乗船したとされていた10号ボートには女性とアルメニア人しか乗船していなかったとの記録がありました。

細野正文さんの当時の容姿がヒゲなどを生やしていたことからアルメニア人と間違われていたと発表されています。

ローレンスが中国人を細野正文さんと間違ってしまっていたのでこのように細野正文さんは批判されてしまいました。

細野正文さんは1937年に亡くなるまで批判に一切反論はしていません。

1997年に細野正文さんの名誉は回復されています。


細野正文の手記や当時の新聞記事はどのように報じたのか?

続いては細野正文さんの手記や当時の新聞記事はどのように報じていたのか調査していきたいと思います。

まずはこちらが細野正文さんの手記になります。

この手記は細野正文さんが救助されたカルパチア号で書かれた手記です。

便箋に使われているのはタイタニック号のもので当時の事故を知る上でかなりの重要参考書類で文化遺産にも指定されています。

全部を解読することは不可能なのですが抜粋します。

『大事件が発生したことを知り、命も本日にて終わることを覚悟し、別に慌てず、日本人の恥になるまじきと心がけた』

『最愛の妻子を見ることも出来ざることかと覚悟しつつ』

こちらは2018年にNHKの細野晴臣ファミリーヒストリーで放送された内容です。

細野正文さんは批判された『卑怯な日本人』などではなく『日本の恥じになるようなことになってはいけない』とされた方です。

 

続いて当時の新聞記事はどのように報じていたのでしょうか?

→国立国会図書館デジタルコレクション

こちらの右側の真ん中やや下に細野正文さんの記事が掲載されているのが分かります。

昔の言葉なので難解なのですが

タイタニック号で唯一の日本人乗客の細野正文さんが無事カルパチア号で救助されたと掲載されていますね。


細野正文の海外の反応は!?

細野正文さんの海外の反応はどのようなものなのでしょうか?

先程書いたイギリス人のローレンスのように勘違いした著書があります。

しかし海外では日本のように大きな批判があったという情報はどこにもありませんでした。

名誉が回復なれた後の海外の反応がありましたのでまとめておきます。

  • こんな緊急事態で助かった人を非難するなんておかしすぎる。
  • 日本人は『ブシドウ』がある国だからそうなのかもしれない。
  • 船長ではなく乗客が避難されているのが日本の国民性なのかもしれない。
  • 生き延びようとして卑怯者にするなんて考えれない。
  • 日本人のこのような精神は本当にかっこいいと思う。

今回のまとめ!

今回はタイタニック号に日本人唯一の乗客である細野正文さんについて取り上げました。

事故当時の細野正文さんは批判されていましたが1997年の調査によってしっかりと名誉回復がされました。

当時は現在とは違い防犯カメラやそのような記録装置などもなかったので曖昧だったのかもしれません。

そして何より生きるために必死だったということなのでしょう。